白髪で丸顔で美白のおじいちゃんが私の担当医だ。七十歳くらいだろうか。
初診で「チェンジ」と思ったのに、一ヶ月後の予約を同じ曜日にとったことで完全にタイミングを逃し、今では「あ、どうもどうも」という関係になってしまった。
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不妊治療CLを卒業して、キョロキョロしながら妊婦さんに混じって総合病院の硬いソファで待つこと2時間。やっと番号が表示され緊張しながら診察室に入ると、おじいちゃん先生が人好きのする目尻のたれた笑顔で迎えてくれた。
「こんにちは、えーーー〇〇さんね、どうぞお掛けください。いや〜〜、今月から電子カルテが変わっちゃって、もう四苦八苦してるの!参っちゃって」
そこから、おぼつかないスーパースローな手つきで基本情報を入力していくこと5分。対面式ではなくデスクの横に私たちが腰掛けているため、画面もキーボードも丸見えだ。
一緒にきていた夫と並んで、先生のおぼつかない入力をただただ見つめるという静かで不思議な時間が流れる。
番号が全然進まなかった謎が解けた。
えーーー...っと、あれはどこから見るんだっけな。
えーーっと、、、紹介状、紹介状、、、うーーーん、〇〇さぁーん(看護師さんを呼び)紹介状はどこに入ってるんだっけ??
ここです。
あー、ここか。出てきた出てきた!ごめんねー、次はもう少し慣れてるから!ニコ〜
無言の五分間をなんとか耐えたが、一切がこんな調子でたまらず笑ってしまった。緊張もどこかに飛んだ。
うーーん、どうやって.....印刷するのかな...ウーーーン
「先生、このボタンじゃないですか?」とモニターを指差す夫。
あ、これかこれか(笑)、お、出てきた!ニコ〜
えーーと、検査項目.....検査項目......ウーーン
私「先生、ここじゃないですか??」
あ、出てきた出てきた!ニコ〜
電子カルテのインターフェースを3人で覗き込むこと15分。
じゃあね、超音波見ましょうか。
(やっと!!!)
なんという穏やかなw時間の経過。
カーテン越しに「失礼しますね〜」と声が聞こえ、とっても丁寧にはじまったエコー。胎児の状態を一つ一つ説明し、こちらの細かな質問にも優しく答えてくれて、心音もたっぷり聞かせてくれた。
その後の診察結果の入力は、もちろん長い時間を要した。
ウィンドウズ初期のペイントみたいな画面で、先生が子宮の状態を全神経を集中させマウスで描いていた。こればっかりは見守るしかできない。
こちらも息をのんで、笑いをこらえた。
今時、エコー画像の取り込みとかじゃないのか?
画像よりも(ガッタガタの)イラストの方がいい理由があるのか?
そんな無粋な言葉をぜんぶ追いやった。隣の夫もそう決めたようだった。
それからというもの、4週間ごとの健診はいつもその先生だ。
先日の16週健診では子宮頸がん検査の結果が表示されず(わたしも一緒にボタンを探したが)、慣れた手つきでどこかに電話をしていた。
すると、すぐにリモート操作が作動し、先生はだらりとマウスから手を離した。
二ヶ月の進歩とはリモート操作だった。
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でも、しょうがないとも思うのだ。
おじいちゃん先生が医師免許をとった時代を考えると、「電子カルテなんて聞いてないよ〜〜」と叫びたいのは先生のはずだ。
懸命に向き合っているのは間違いない。
年齢を理由に何一つ諦めていないし投げ出してもいない。
看護師さんにも偉そうにしない。
患者を見下さない。
どんな小さな不安にも真摯に答えてくれる。
患者に時間を気にさせない。
いつも笑顔を向けてくれる。
わたしは変なパターンだと思うのだが、妊娠しているという事実と、お腹に赤ちゃんがいるということがイマイチうまく繋がらない。
なんというか、妊娠していることには慣れてきたのだが、すなわち、お腹に赤ちゃんがいるという事実に慣れたわけではないのだ。
だから、おじいちゃん先生が、超音波エコーで赤ん坊を見ながら「おぉぉ、元気によく動くねぇ〜」「あれ、さっきはコッチ向いてたのにもうアッチ向いちゃったね〜」「ほらほら、こっち見てる」と温かな声をかけてくれることで、あぁ、お腹の中にいることが当たり前なんだという安心を得ることができる。
これが淡々とした流れ作業のような対応だったら。
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ブラインドタッチ全然できなくても、笑顔がある。
ちゃんとデータが保存されてるか不安にはなるが、気遣いがある。
入力時間が長いおかげで、忘れかけてた質問も思い出せる。
人間、愛嬌があればなんとかなる。
愛嬌ファースト。
ただ、もしも、もしも深刻な問題が浮上した場合、、、その時には「チェンジ」を告げてしまうかもしれない。です。.....先生。
そうならないことを祈る。
#妊婦生活 #16週目