好奇心の行き先は、北京だった🇨🇳

北京へ行ってきた。

結婚して以来の一人旅行。

 

なんで北京だったかと言うと、じつは今年の4月から中国ドラマ(通称"華ドラ")にどっぷりハマっておりまして、中国という国そのものや歴史・文化・人への興味が高まりまくっていたからです。

きっかけになったのは、Netflixで配信されていた『逐玉』。そこからズブズブと脚を埋めていき今やライフワークになりつつある日々。

 

それまで散々みていた韓国ドラマも日本のドラマもすっかり遠のいた。ちょうど個人的には世間で話題になっているようなネトフリ制作系の強い画作りみたいなモノに対して食傷気味だったのもあるかもしれない。

 

わたしが知っている中国は、本当に古いイメージで終わってて、とくに現代ドラマをみると今の中国ってこんな感じなの?え、スタイリングめちゃくちゃおしゃれなんだけど、え?男女平等とか社会の常識がもうこんな先進的なことになってるの?......と本当に失礼極まりない驚きでいっぱいだった。

 

そんな折、友人と飲んでいたら「北京、わたしは楽しかったよ」と言われた。

これまで北京に行ったことがある人は何人も会っていたはずだけど、意外と聞いてこなかった言葉。つづけて「上海はぴんと来なかったけど、北京は面白かったよ」と。

もともと旅に求めることや感覚が近い友人であったし、同じく上海がぜんぜんピンと来なかったわたしには、その言葉だけ十分だった。

 

その翌日、チケットを予約し一ヶ月後に飛び立った。

さすがに家族を置いて何泊もは厳しいなと思い、3泊か2泊か迷いに迷ったが2泊でいくことに。

 

なんとなく一人旅したいな、とはここ二年くらい思ってて、夫からも韓国とか行ってきたら?と提案してもらってもいた。だけどなーんか気持ちが動かなかったのは、シンプルに好奇心が足りてなかったからだったのかと、北京のリサーチをしていて気付いた。ぐあぁぁああ...... 楽しみすぎる!!!!震

 

絶対にしたかったこと

・故宮(紫禁城)を見る

・火鍋を食べる

・洋服屋さんを回る

・ドラマグッズをひやかしで買う

以上

 

圧倒的一番は、『ラストエンペラー』や『蒼穹の昴』、そして宮廷ドラマで散々みてきたあの「故宮」の広さをこの目で見たい、だった。その他は、まぁ街歩きの目的というか、故宮がみれて、北京の街や暮らしを感じられたらそれだけでいいやとも思いつつマップには星が増えつづけていく日々。

 

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そして、行ってきました。

北京!

 

故宮 紫禁城 202610

故宮 紫禁城 202610

故宮 紫禁城 202610

今回、あれこれしっかり知りたいと思い、故宮だけ日本語解説ガイド付きのツアーに参加。なので、写真をとってもらうなど。

 

そして、ツアー参加者は全部で4人だったのだけど、なんとそのうちの一人のご婦人が、同じく華ドラフリークで(というかわたしより全然歴が長い&詳しい)、しかも浅田次郎の『蒼穹の昴』も大好きで! まさかの同じ動機で同じ場所にいる人がいて大興奮。その方は旦那さんと参加されてたけど、「ここがあのシーンの!!」とか「だいたい火事か毒殺で死ぬ」とか「サブキャラの恋愛はこういう路地で動く」「はいはいはい、印章ね」など...... ドラマネタと重ねて所感を言い合いながら回れて、興奮が倍増。つっこみ目線の小ネタも絶妙で、めちゃくちゃ楽しい人だった。ありがてー

 

最後は、宮廷三部作といわれているわたしがまだみてない2本をおすすめしてもらい、わたしもおすすめを返しツアーを終えた。出身がどことか連絡先とかお互いにまったく聞かなかったけどそれもよかった。

 

それにしても、4時間近く歩いた。

故宮は奥に961m(ほぼ1km)あるので、ハイライトを見るだけでも相当時間がかかる。

それに四方を高い壁に囲われているので当時の人は、中と外は文字通り別世界だったんだろうなという感じがよくわかった。

 

故宮の帰り、こんな広大な景色......ヴェルサイユ宮殿の庭以来だな?とふと思って、AIに聞いてみたらなんと、ヴェルサイユ庭園が故宮の11倍の広さだった。

霞む。笑

 

二十歳くらいの頃に見渡したあの庭園が本当に圧巻で「国じゃん」と思った記憶がずっとあったけど、わりと正確な記憶だったことに驚く。

 

広いはすごい。

 

 

#続きはまた

 

 

ぜいたくな人生

「今日帰ったら、あのおかし一緒にたべよう」と息子に言われ、いいねー!と賛成したのに、さらに指切りげんまんで確約させられた。口約束だけでは不十分だったらしい。

 

子に愛されている、と以前書いたが、引き続き盛大な愛を日々いただいている。

 

ただ一緒におやつを食べる、それだけのことを、こんなにも楽しみにしてくれる人がいる生活。毎日。人生。

 

あなたはそのままでいいんだよ、って親が子に伝えることだと思っていたけど、無条件につないでくる手や抱きついてくる息子の体温からわたしはいつもその言葉を受け取っている。

 

親として何かをしたから、でもなく、もちろん母親だからということでもなく。

育児をしながらも、昔みたいに自由に振る舞いたいと思っていた時期があった。それが、いつの間にか自分の中では「母親」という肩書きは薄まってきていて、息子と過ごしている時間こそ、働いている自分ともまた違う「フラットな自分」という感じがある。

 

この前読んだ本に、「まじめというのは、悪くないけれど、少なくとも自然じゃない」という言葉があった。家庭と仕事、どちらも気が張っていたあの頃から考えると、今の自分はけっこう自然なんじゃないだろうか。

 

なんでもない「わたし」に、愛を注ぎつづけてくれる存在。

元々自己肯定感が低いタイプではないけど、それでも心にずっとぽわっとあたたかいものを灯してもらっている感じがある。

 

人生にこんなフェーズがあるなんて想像もしてなかったな。

 

 

わたしも大好きだぞーーーーー

 

#今週のお題「わたしの贅沢」

いったん寝よっか

レシピを調べようと思ってインスタを開いたはずなのに、気づけば、今日まで存在も知らなかった作家さんの器を買おうとしている。

それがスニーカーのこともあれば、コスメのこともある。六角に仕切れるおでん鍋だったのは、昨日のこと。

 

いったい何をしているのか。

目がバキバキの危ないところで、「いったん寝よっか」ともう一人の自分が声をかける。そうして翌日には忘れている。

 

 


いったい何をしているのか。

 


たしかに、おでんを作る時の鍋がずっといまいち気に入ってない、という事実はある。そういうなんとなく感じている小さな不満や不便は、危険だ。つけ込まれる。

 

SNSから放たれる物欲のトラップとみんなどうやって付き合っているのか。

 

 

心地よく買い物をする。

 

ただそれだけのことがどんどんむずかしくなってきてる。  

 


おでん鍋は、リアルに出会った時のみ買ってよしとする。ここに宣言させていただく。買ったら報告します。

 

 

仕事と、生活。

“仕事は大事だけれど、仕事の優先度が生活を越えることはないから、安心して仕事に打ち込める“

パリに暮らす日本人が、雑誌でこんなことを言っていた。実際の言い回しはもっと洗練されてたと思うが、だいたいそんな意味のことだった。


仕事と、生活。

ここ数年、ぼんやりと気にかかっていたテーマである。

 

色々すっとばすと、わたしは「仕事をがんばっていないことを、育児のせいにしているのではないか」という、なんとも面倒くさい後ろめたさを抱えていた。

 

近所に、子供を通して仲良くなった夫婦2組がいる。

わたしは今アパレル業界で働いているが、彼らはそれぞれまったく違う業界にいる。子供がいなければ出会わなかっただろうし、仕事内容を聞いても、いまだによくわからないものもあって興味深い。

妻の一人は、建築業界で華麗に転職を決め、エリート集団の中でディレクターとしてバリバリ働いている。しかし、プレッシャーが辛すぎて古巣に戻りたいと言っていた。

もう一人は、フルリモートでリサーチャーの仕事をしている。周囲が優秀すぎて、日曜日の夕方になると決まってお腹が痛くなるのだという。

夫陣は夫陣で、メンタル的にというよりは総合的な判断でこの先を考えているようで、お酒が深くなると決まってそういう話しになった。

 

わたしの夫はというと、数年前に起業し日々奮闘している。出張も多い。なにより経営者であることから、生活の比重を仕事に置かざるを得ないという感じだ。

 

そんなみんなの話が重なっていく中、わたしは、「全然がんばっていないw」と自嘲気味に笑って聞き役に回ることがいつものスタンスになっていた。

 

まぁ実際そうだしな......

と思いつつ、どこか引っかかっていたのも事実。

 

自分を追い込んでいる人ほど、仕事をがんばっている。
そんな風に思い込んでいなかっただろうか。

定時を過ぎても会社に残っている人、休みの日にもチャットの返信を返している人、プレッシャーに耐え、日曜日の夕方にはお腹が痛くなる人。を、自分より意欲があるなぁと、錆びついた物差しで測っていなかったか。

 

冒頭に戻る。

パリジェンヌは、「仕事の優先度が生活を越えることはないから、安心して仕事に打ち込める」のだそうだ。

 

生活を守るために、仕事を頑張るのでもなくて、仕事を頑張るために、生活を我慢するのでもない。

 

仕事は仕事。でも、生活の方が大事。

そのことと、仕事に打ち込むことは矛盾しない。

 

シンプルだけど、考えたこともなかった。わたしの中では、いつのまにか両立しないことになっていた二軸だ。

もちろん、生活を大切にしながら仕事で成果を出すのは、簡単なことではない。時間に限りがある以上、何かを選び、何かを諦める場面はある。それでも、周囲と同じように自分を追い込むことが、成長するための唯一の方法ではないはずだ。

 

それに、どんなにキャリアアップを望んだとて、わたしはたぶん、これからも定時になれば帰るし、休日は休日として過ごすだろう。

そして、仕事でもう少し何かを成し遂げたいなぁと気まぐれに思うのだと思う。

 

仕事は大事だ。

それでも、生活の優先度がそれを上回ることはない。

 

わたしもこの道を行く一人として、

「全然がんばってないよ〜」と笑う時に含んでいた少しの後ろめたさは、そろそろ手放してもいいのかもしれない。

 

と思うなど。

 

2024/11/06 食欲

朝から、コストコで買った鶏もも、鳥手羽、ベーコン、蛸を切り分けて冷凍した。無心になりたい時の作業用BGMは、ぼる塾田辺さんのYouTube。

田辺さんは、人の悪口を言わないし、好きなものを買って経済回してるし、食べることを大事にしてるし、パワー切れな日もありのままでいてくれるし、見ていて疲れなくて心がニュートラルになる感じがする。

とくに、ひとりで思い出し笑いをする田辺さんがほんとうに可笑しそうでかわいくて癒される。

 

ひるご

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風邪気味であんまり食欲がなかったが、Xで流れてきた長谷川あかりさんの雑炊を作ってみた。小松菜を春菊で代用。2人分をペロリ平らげた。

昼明けからの予定だったオンラインミーティングが30分ずれたので、『アナザースカイ』の伊野尾回を鑑賞。

アナザースカイは期待してない時こそ神回説、を今日も心に刻んだ。

 

仕事終了、からのマツキヨ→保育園お迎えへ。

スマホのメモ:キッチンペーパー、トレペ、おしりふき

紙を三種!

 

6時前になると外はもう真っ暗だ。保育園から自転車で帰っていると、後ろから息子が「あ、さっきKちゃんにまたあしたあおうねーっていうの忘れたー」と残念がって「またあしたいえばいいか」と即解決していた。

 

息子は、帰り際お友だちに声をかけるときいつも「またあしたあおうね〜」という。またねー!でもなく、バイバーイだけでもなく必ず「またあしたあおうね〜」だ。

 

なんかすごい明日を楽しみにしている感じがして良い言葉だなぁと思う。会社でもそう言い合えたら人間関係の問題は8割解決しそう。

 

夜は、ごぼう、鶏肉、大根、にんじんで、けんちんうどん。

 

 

 

 

 

 

リスボン旅行記

「なんでポルトガル?」

という質問にパシっと答えられたことがない。

旅前も帰ってきてからも。

 

かわいらしい街並みのイメージや、

子連れ旅に良さそうな気候・治安、物価、

日本人の口に合うといわれるご飯、

シーフード。ワイン

 

言葉にしようとすればするほど、

後付けの説明みたいになってしまって、

自分の中にある実感からどんどん遠のいていく。

 

3週間もいたのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

たかが2ヶ月前なのに、写真を見返すと本当に行ってたんだなぁと思う。

フライトは首都のリスボンでとって、どうせなら他の街にも足を伸ばそうと言っていたのに、毎日ゆるゆると過ごしているうちに、家族全員なんだかんだリスボンの心地よさに馴染んでしまい、無理に動かなくていいかということになった。

 

夫は、休暇ではなくリモートでがっつり仕事をしていたので、平日は息子とふたりで街にでかけて、夕飯はみんなで食べるという感じ。

6月といっても、夜8時くらいまで明るかったので、夕方仕事を終えた夫とみんなで散歩したり、レストランへいったりと夕〜夜を長く過ごせたのはよかった。

 

息子(4) との街歩き

はじめての海外、はじめての街並み、

息子はというとすこぶる元気に楽しんでいた。

 

一軒目のエアビは、中心部から少し離れたところだったので、街には毎朝バスで繰り出した。バス停には工事途中のような穴がどかんと空いてて、今ではもう利用されていないのかと思ったがちゃんと発着していた。

 

バス、路面電車、メトロ、Uber、乗り物にいい印象しかない息子は、どの移動も満喫していて「つぎなにのるー?」と積極性を発揮しながら、どんどん街に慣れていった。

わたしが降りるバス停を間違えて、メトロの駅までかなり歩くことになった時も「はぁーつかれたー!」と言いながらも足取りは逞しい。

なんか心強いんですけどー。

 

異文化に触れ、いつもとはちがう場所で息子が楽しそうにしている姿をみるのは嬉しい。

ここから落ちたら負けー!と石畳の柄をずんずん進む4歳児

旅にはカメラも持っていってたが、息子と二人のときにレンズを覗いて写真を撮るのは諦めた。他にも、気になったちょっとお洒落なお店を覗いて試着したり、フィガロでチェックしていた雑貨屋をまわったりとか、そういうことも早々に諦めた。

幸いにもリスボンという街が、強く物欲を刺激してこなかったのも良かったのかもしれない。これがニューヨークやロンドンだったら諦めきれただろうか......(無理)

 

世界遺産ベレンの塔。中に入るには長蛇の列だが、建物周りはだいぶゆるい。

一人だったら、入場の列にも並べたり、もっとあれこれ自由に見て周ったりできただろうと思う。でも、一人だったらきっとベレンの塔をこの角度で見ることもなかっただろうと思う。

狭い道をすれ違うトラムや、石畳の模様、見たことない鳥の色、でかい犬、でかいパン、ふつうの鳩。流してしまうような景色にいちいちリアクションする人が隣にいる街歩きは、一人よりもずっと楽しい。

 

カスカイス

最後の週末には、三人で海水浴へ行った。

電車で40分ほどいったカスカイスという街。

 

気温は30度を超えていたのに、海水は痺れるほど冷たかった。

ハネムーンでイビサ島にいったときも、海水の冷たさに驚いたのだけど、地中海はそういうものなのだろうか。浅瀬には入りつつも、地元民でも泳いでいる猛者は数えるほどだった。

小さい頃から海に囲まれた環境で育ったからか、海水浴の景色が好きだ。

 

チルと高揚感が交差するビーチ独特の雰囲気。

みんなこの時間を楽しむことに夢中で、国や文化の違いなんて誰もなにも気にしてない平和な感じ。市内とは違った一面が見えて、海水浴にいくとその国の輪郭がぐっと濃くなる気がする。

 

帰りの電車では、爆睡している息子の前の席で、若いカップルが永遠にキスしてた。

 

リスボン

3週間という、こんなに長い旅ははじめてでどんな感じになるんだろうと思ってたが、毎日の予定を立てることもなく、ガイドブックを読み込むこともなく、ちょっと疲れたなという日は夕方まで家でダラダラしたり、暑いという理由で近所ばかり掘り下げたりと、“計画性”と縁遠いとても我が家らしい日々だった。

自炊もしちゃうぞ、とか思ってたのに結局ぜんぜんしなかったな。笑

 

「まぁいいか」

実際、リスボンにはそんなゆるさも受け止めてくれる空気がある。

観光客も多くスマホひとつで不自由なく帰ってこれる大都市ながら、アーバン感が薄い。たとえばソウルでも、東京でも、ロンドンでも、ホノルルでも一日市内を動きまわったらアーバン疲れみたいなものがあるのだけど、そういうのがない。

その理由は、「物欲をそんなに刺激してこない」にもつながるのかもしれないが、街中に広告やコマーシャルなものが極めて少ないことによる効能じゃないかと思う。ていうか、こんなに広告物が少ない都市って他にあるんだろうか。

繁華街を歩いていても、まぁ無い。大型ビジョンなんて一つもみなかったし、大きな看板さえ見た記憶がない。東京にいるとあらゆる角度から問いかけてくる、価値、価値、価値、価値、意味、意味、意味、意味、効率、効率、効率。

 

そういう人の奢りが街に溢れてない。

ちゃんと深呼吸ができて、心が不思議とチャージされる街、リスボン。

 

夫の仕事がひと段落した夕方、石畳の道を三人で散歩している時間はいつも至福だった。満たされすぎて、この先いいことがひとつもないかもしれないと思ったけど、そんな事もなくてよかった。

 

帰ってすぐよりも、時間が経つほどに恋しくなってきているな。

 

 

いざ家族旅行へ ドバイ編

6月、家族3人でポルトガルへ行ってきた。

行き先はリスボンということだけ決めて、3週間分の滞在を予約。

 

国外渡航といえば、マタニティ期間に訪れた2019年のバンコクが最後だったのでコロナを経て実に5年ぶり!夫はパスポートが切れていたので再申請し、息子(4歳)は人生初のパスポートを入手して臨んだ。

久しぶりすぎる海外、さらに4歳児を連れて乗り換えありのフライト計20時間.......、大した情報もないリスボン... 3週間......(トラブルが起こらないはずがないではないか)

 

ここ数年想いを募らせ、自ら決めたことながら、「ポルトガルに3週間行ってきます〜」という余裕ありげな響きとは裏腹に、心の中はまさに冒険に臨むそれだった。

 

向こうの暑さは大丈夫だろうか

飛行機では大人しくできるだろうか

食事は大丈夫だろうか

熱やアレルギーが出たらどうしよう

道に飛び出して車に轢かれないだろうか

テロや大地震が起きないだろうか......

 

出発が近づくにつれ気掛かりなことがドバドバ溢れてきて、準備を進めながらも怖気付いていくわたし。さらに輪をかけて心配症な夫は完全に「楽しみ」を「不安」が上回っている様子で、出発当日はひとり無邪気な息子の明るさに支えられて家族3人空港まで向かうこととなった(笑)

 

それもそのはず。

物事の多くを感覚的に捉え、大体わかったを発動し、ディテールを見落としがちなわたしの性質によるあれやこれに誰よりも巻き込まれてきた人間、それが夫だ。

新婚旅行では、乗り継ぎの時間が無理っぽい、と出発カウンターで告げられたし、今回も深夜便のフライト(0:05発)をずっと一日勘違いしていて翌日空港へ向かうところだった。日時を間違えて予約するとか、逆方向の電車に乗るとか、あれなんか思ってたのと違うとか、肝心な手続きが抜けてるとか、通常時であれば感情を揺らすことなく対応してきたが、この状況下では致命的すぎる。

 

やらかしてないであれ。

出発カウンターに立つ夫の背後から、3人分のパスポートをぺラペラとめくりモニターに照会しているグランドスタッフの表情を注視するわたし。

ようやく、ビビーっとチケットが出てきて笑顔で渡された時には、夫の顔色もワントーン明るくなった気がした。

直後「ラーメンでも食べちゃう?!」と言っていた。

 

第一の目的地は、ドバイ。

 

旅慣れた友人に、8時間のトランジットが不安だと話すと「ストップオーバーで一泊しちゃえば?」と言われ、たしかに!と膝を打ちその通りに予約した。さらに、エールフランスかエミレーツかという迷いも「私ならエールフランスは選ばない」という彼女の一言に大きく影響を受けたものだった。

結果、その選択はとても功を奏した。深夜便のフライト中、10hのうち6hは爆睡してくれて、機内食によろこび、パウパトロールザマイティムービーを楽しみ、息子はとても調子良さげにドバイへと到着できた。早朝6時で入国審査もとっとと抜けられた。

この頃にはだいぶ余裕が生まれていたわたしと夫。

ホテルへと向かうべく、空港の外に一歩出ると、太陽直下の暑さと異国の空気に全身をぶわっと襲われた。その刹那、あぁ....これ、これを味わうために来たんだったと心も完全に溶けた。

 

子連れ海外にさして前向きではなかった夫を説得(ニアリー洗脳)しつづけたここ数年。あまりの圧に夫を怯えさせながら、自分でもなんでこんなに海外に行きたいのだろう......とふと考える瞬間がなかったでもない。

 

海外駐在をうらやましく思い、海外住みの子育てエッセイばっかり読んじゃうのはなんでだろう。

 

子育て、会社員、東京、SNS。

 

育児は楽しい。日々も充実している。でも日本を出ずに「母」として過ごす時間が増える中で、少しづつ息が詰まっていたのも事実だった。周りに迷惑をかけないように、失敗しないように。40代らしく、親らしくちゃんとみえるように。(※できてはない)

 

わたしは、日々そういうことばっかりになっている足元を揺るがしたかったのだと思う。

 

わたしたちがドバイの空気を浴びていると、フライトを終えた風のCAさんが電子タバコをふかしながら颯爽と通り過ぎていった。

 

 

旅が、俄然楽しくなってきた。


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f:id:suratanmen:20240707075324j:image翌朝一人で散歩した時の写真。一泊のホテルステイだったけどプールも楽しんで、いい旅のスタートになった。

 

(つづく)