リスボン旅行記
「なんでポルトガル?」
という質問にパシっと答えられたことがない。
旅前も帰ってきてからも。
かわいらしい街並みのイメージや、
子連れ旅に良さそうな気候・治安、物価、
日本人の口に合うといわれるご飯、
シーフード。ワイン
言葉にしようとすればするほど、
後付けの説明みたいになってしまって、
自分の中にある実感からどんどん遠のいていく。
3週間もいたのに。










たかが2ヶ月前なのに、写真を見返すと本当に行ってたんだなぁと思う。
フライトは首都のリスボンでとって、どうせなら他の街にも足を伸ばそうと言っていたのに、毎日ゆるゆると過ごしているうちに、家族全員なんだかんだリスボンの心地よさに馴染んでしまい、無理に動かなくていいかということになった。
夫は、休暇ではなくリモートでがっつり仕事をしていたので、平日は息子とふたりで街にでかけて、夕飯はみんなで食べるという感じ。
6月といっても、夜8時くらいまで明るかったので、夕方仕事を終えた夫とみんなで散歩したり、レストランへいったりと夕〜夜を長く過ごせたのはよかった。
息子(4) との街歩き
はじめての海外、はじめての街並み、
息子はというとすこぶる元気に楽しんでいた。
一軒目のエアビは、中心部から少し離れたところだったので、街には毎朝バスで繰り出した。バス停には工事途中のような穴がどかんと空いてて、今ではもう利用されていないのかと思ったがちゃんと発着していた。
バス、路面電車、メトロ、Uber、乗り物にいい印象しかない息子は、どの移動も満喫していて「つぎなにのるー?」と積極性を発揮しながら、どんどん街に慣れていった。
わたしが降りるバス停を間違えて、メトロの駅までかなり歩くことになった時も「はぁーつかれたー!」と言いながらも足取りは逞しい。
なんか心強いんですけどー。
異文化に触れ、いつもとはちがう場所で息子が楽しそうにしている姿をみるのは嬉しい。

ここから落ちたら負けー!と石畳の柄をずんずん進む4歳児
旅にはカメラも持っていってたが、息子と二人のときにレンズを覗いて写真を撮るのは諦めた。他にも、気になったちょっとお洒落なお店を覗いて試着したり、フィガロでチェックしていた雑貨屋をまわったりとか、そういうことも早々に諦めた。
幸いにもリスボンという街が、強く物欲を刺激してこなかったのも良かったのかもしれない。これがニューヨークやロンドンだったら諦めきれただろうか......(無理)
世界遺産ベレンの塔。中に入るには長蛇の列だが、建物周りはだいぶゆるい。
一人だったら、入場の列にも並べたり、もっとあれこれ自由に見て周ったりできただろうと思う。でも、一人だったらきっとベレンの塔をこの角度で見ることもなかっただろうと思う。
狭い道をすれ違うトラムや、石畳の模様、見たことない鳥の色、でかい犬、でかいパン、ふつうの鳩。流してしまうような景色にいちいちリアクションする人が隣にいる街歩きは、一人よりもずっと楽しい。
カスカイス
最後の週末には、三人で海水浴へ行った。
電車で40分ほどいったカスカイスという街。
気温は30度を超えていたのに、海水は痺れるほど冷たかった。
ハネムーンでイビサ島にいったときも、海水の冷たさに驚いたのだけど、地中海はそういうものなのだろうか。浅瀬には入りつつも、地元民でも泳いでいる猛者は数えるほどだった。
小さい頃から海に囲まれた環境で育ったからか、海水浴の景色が好きだ。
チルと高揚感が交差するビーチ独特の雰囲気。
みんなこの時間を楽しむことに夢中で、国や文化の違いなんて誰もなにも気にしてない平和な感じ。市内とは違った一面が見えて、海水浴にいくとその国の輪郭がぐっと濃くなる気がする。
帰りの電車では、爆睡している息子の前の席で、若いカップルが永遠にキスしてた。
リスボン
3週間という、こんなに長い旅ははじめてでどんな感じになるんだろうと思ってたが、毎日の予定を立てることもなく、ガイドブックを読み込むこともなく、ちょっと疲れたなという日は夕方まで家でダラダラしたり、暑いという理由で近所ばかり掘り下げたりと、“計画性”と縁遠いとても我が家らしい日々だった。
自炊もしちゃうぞ、とか思ってたのに結局ぜんぜんしなかったな。笑
「まぁいいか」
実際、リスボンにはそんなゆるさも受け止めてくれる空気がある。
観光客も多くスマホひとつで不自由なく帰ってこれる大都市ながら、アーバン感が薄い。たとえばソウルでも、東京でも、ロンドンでも、ホノルルでも一日市内を動きまわったらアーバン疲れみたいなものがあるのだけど、そういうのがない。
その理由は、「物欲をそんなに刺激してこない」にもつながるのかもしれないが、街中に広告やコマーシャルなものが極めて少ないことによる効能じゃないかと思う。ていうか、こんなに広告物が少ない都市って他にあるんだろうか。
繁華街を歩いていても、まぁ無い。大型ビジョンなんて一つもみなかったし、大きな看板さえ見た記憶がない。東京にいるとあらゆる角度から問いかけてくる、価値、価値、価値、価値、意味、意味、意味、意味、効率、効率、効率。
そういう人の奢りが街に溢れてない。
ちゃんと深呼吸ができて、心が不思議とチャージされる街、リスボン。
夫の仕事がひと段落した夕方、石畳の道を三人で散歩している時間はいつも至福だった。満たされすぎて、この先いいことがひとつもないかもしれないと思ったけど、そんな事もなくてよかった。
帰ってすぐよりも、時間が経つほどに恋しくなってきているな。
