ものづくり、は好きだけど一人でひたすらデザインを考えることは全然好きじゃないのかもしれない、と最近思う。真っ白なノートに、なんでもいいから描いてみてと言われて楽しんで無邪気にやっていた時期はとうに過ぎた。「なんでもいいから」「自由に」「あなたのいいと思うものを」と言われると、手が動かなくなってしまう。デザイナー歴10年ちょいにして、わたしの作りたいものは、もう出し尽くした、、、とも正直思うし、昔ほど好きなことや好きなものを必死で探すこともしなくなってしまった。興味がなくなったというよりは、自分が心地いいと思うデザイン、もの、服、家具、インテリア、接客、友人との距離感、そんなことが全部なんとなくわかってきて、今選んでいるものは、この先も好きだしそれはもうあんまり変わらないんじゃないかなという感じがしてる。
これがいいのか悪いのか、と考えるフリをしつつ、どうしようもないと思っている。
デザインという仕事のなかでも、クライアントの意向を汲む仕事や、他社の商品を請け負う仕事は、あまり意識しなくても手が動く。むしろ器用にこなせて楽しいくらい思っている。それは自分のデザインじゃない。という言い訳がかなり潜んでいるからだといい加減わかってきた。考えてみたら、必死にがんばった何かや、全力を尽くした何かを形として提出することが昔から大の苦手だった。部活動では、涼しい顔してラケットを振り二番手に甘んじてたし、受験勉強では家族にさえクールに振舞っていたと思う。実際、大した努力をせず器用にこなしてきた人生だったかもしれない。どうなんだろう。
そのつけが30半ばにして回ってきてるのかもしれない。器用貧乏、という言葉が刺さる。自分のことのように聞こえてしょうがない。
IT革命以後、だれも経験したことのない時代に突入している今、肩書きを決め込まずに「好きなことを続けてたら、いつの間にかそれが仕事(お金)になってました」がひとつの正解として声高に叫ばれている。と、急に借りモノの言葉を並べられる程度に洗脳されているしそんなものを読んできた。
ものづくりもデザインも楽しい。それでも「ものづくりが好き」だけでは、走っていけない、そんな山はいくつも経験してきた。やっかいなのは、この先、どんなことをやっても「好き」だけでは続かないし、同じ壁にぶち当たるんだろうと大体わかった気になっている自分だ。アーティストと自ら名乗れる人種は、アーティストとなれるポテンシャルがひとつもう乗っかっているのだと思う。画家でもなく、小説家でもなく、詩人でもなく、路上ミュージシャンでもなく、世の中に大きく知られることもなくビジネスとしてのものづくりを基盤にやってきた(名もなき)デザイナーは、どんな感情で長く続けられているんだろう。そんな本はどこにも売っていないし、わたしが出版社でも「売れる見込みなし」と判を押すと思う。でも、成功者の強くまぶしい言葉ばかり流れきて正直しんどい。そんなことをぎゅっと濃縮したニューヨークという街はもっとしんどい。絶対住みたくない。旅行で十分。
自信がないくせに、プライドが高いのかもしれない。あーー厄介。
エレキコミック
もうすぐライブがある。エレキのことはラジオで好きになった。ネタをかいているやついいちろうを尊敬している。あんな大人になりたい。
エレキのライブに行くと、周囲に流されずに自分たちがいいと思うものを全力で提出してる率直さがまぶしくなる。いや、時には、周囲流されることさえ是としている潔さがある。無駄なプライドはとうに捨てたという境地にあこがれる。
うだうだ書いたけど、結局妙なプライドを捨てたいということなのかも。涼しい顔して笑ってたい。
無駄なプライドを捨てる方法
「プライドの捨て方」と検索してみたら、わりとまともな記事があった。
勝手にまとめると、
- 断られることに慣れる:
歩いてる人に「自分の知っている場所」への道を聞いてみる。一見簡単ですが、実際に聞こうとすると「聞く必要はないんじゃないか」「あの人は急いでそう」「ちょっと性格がキツそう」などど、ありとあらゆる【言い訳】が浮かぶでしょう。それがあなたのプライドです。 - 居心地の悪い店に行く
- うんこの話しをする
- 英会話にいく
- 甘え上手になる
- できません、わかりませんと言う
- 過去の過ちを認める
- 友人を接客する
- わざと負けてみる
- 現在の話だけをする
- 一流にふれる
- とにかく行動する
プライドが高い人は向上心も高いことが多いと思います。私は、ただプライドを『下げる』ことが良いことだとは思いません。ただ腰を低くして謙虚ひ振る舞うことが美徳だとは思いません。謙虚になるべき時に謙虚になれて、主張するべき時に主張できることが重要だと思います。そのために必要なのは柔軟な自己イメージです。ここで紹介したのは柔軟性を取り戻すための、自己イメージのストレッチのようなものです。
ふむふむ....。12項目まとめようと思ったが、途端に興味がなくなってしまった。てゆーか、この筆者はほんとうにプライドを捨てれるのか。捨てれたって、どうやって判断できるの?誰が?捨てれた、と思ってる人の方がやばい場合もあるんじゃないか?
あー、厄介。
いや、ただの逃げか。
人のこと言ってないで、目の前のデザイン(全力)を提出しろ。
ボキボキに折れてもエレキがたぶん修復してくれる。
あと、ミスチルか。
あるがままの心で生きられぬ弱さを
誰かのせいにして過ごしてる
知らぬまに築いてた
自分らしさの檻の中で
もがいてるなら 僕だってそうなんだ
かっこいい大人がこれだけいるんだからまだ大丈夫かも。
「エレキコミック」ライブのフライヤー、今回もかわいい